しのぶちゃん
小学生の頃、わたしとしのぶちゃんは同じクラスになることが多かった。しのぶちゃんはわたしの友達ではない。しのぶちゃんはいつもひとり。
わたしはしのぶちゃんにいつもちょっかいを出した。一緒に遊ぼうといってしのぶちゃんを家から誘い出し仲良しの子の家に連れて行ったとき、その子は露骨に嫌な顔をしてわたしとしのぶちゃんを追い返した。わたしはそうなることを心のなかで知っていたから追い返された帰り道は満足だった。
しのぶちゃんの肌は真冬でも浅黒かった。ビニールテープをザックリ切ったのを盛大に貼りつけたようなオカッパ頭をしていて、ごわついた手は顔と同じ色の肌で覆われていた。5本の指は太く短く、それぞれが別々の生命体のようでグロテスクだった。左右に突き出したお尻をゆっさゆっさと揺らしながら歩くしのぶちゃんは、背が低いのに存在感が果てしなかった。勉強も、運動も苦手だったし、手先も器用ではなかった。特技が1つもないどころか、全てにおいて人より劣っていた。だけどしのぶちゃんの透明な瞳は、大きく浅黒い顔のど真ん中の2つの丸い切り込みから鋭い光を放っていた。しのぶちゃんはいつもひとりだった。
ある日、わたしとしのぶちゃんは口喧嘩をした。わたしはしのぶちゃんの頬にくっきりと歪に入ったエクボを罵った。しのぶちゃんは私の中途半端に伸びた長すぎる前髪を罵った。わたしは真剣だった。真剣にしのぶちゃんを罵った。しのぶちゃんも真剣に、私を罵った。
わたしはいつも誰かと一緒だった。友達のような誰かと、一緒だった。わたしはしのぶちゃんをあからさまな態度で見下した。だけどしのぶちゃんは私からも、誰からも、一度も見下されたことはなかった。わたしはしのぶちゃんを羨やんでいた。わたしには、しのぶちゃんが眩しかった。眩しくてどうしようもなく憎たらしかった。
小学生の頃、いつも誰かを必要とするわたしと、ひとりでゆっさゆっさとお尻を左右に突き出しなから歩くしのぶちゃんがいた。わたしはしのぶちゃんの友達ではなかったけど、しのぶちゃんはわたしの友達だった。
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